ユメウツツ@MimeiTagawa

村上春樹の新刊を読む、という夢を見た。


村上春樹の新刊を読む、
という夢を見た。


国語辞典ほどの分厚いその本を開くと、
まず、はじめにお願いしたいこと、と書いてある。


『一章から十章まで、それぞれの章を十五分で読んでください。と言っても、別に慌てて読む必要はありません。たぶん、誰がどんなふうに読んでも十五分以内には―どうしても途中で猫を探しに行かなくちゃならなくなった、とか、マルタとかマルコとかいう名前の女から電話がかかってきて、なかなか切ることができなかった、とか、そういうことでもない限り―読めるはずの長さになっています。そう、あなたなら読める。


 そして、もうひとつ。各章のはじめに書いてあるのは「場所」です。その章を読むべき場所。例えば、一章は、「玄関を出てから最寄りの駅に向かって七分歩いたところ」。二章は、「一章を読んだ場所から南へ向かって八〇〇メートル歩いたところ。もしその近くに木があるのなら、その下で。なければ、ないで構わない」。その指定された場所で、その章を読む。できれば、というよりも、出来うる限り、それを守って読んでください。


 どうしてそんなことまで指示されなけりゃならないんだ、と怒りだす人がいても当然だとは思うけれど、でも、そうしてもらわないとならない事情があるのです。オンブバッタにはオンブバッタの、ハシビロコウにはハシビロコウの事情があるように、この小説にはこの小説の事情がある……』


いったい、なんなんだ、この本は。
そう思いながらも仕方なく
―実は面白がりながら―、
本の指示に従って、一章ごとに読んでいく。
時には道端の電信柱によりかかって、
時には泰山木の木の陰で。
そして十章を読み終えて、頁をめくると。


『お疲れさまでした。ここまで読んでくれてありがとう。
 さて、次の章を読むときには、この本を持って家から一番近いバス停まで行ってください。近くにバスなんか通ってないわ、という人は、自分で「ここがバス停」という場所を定めて、そこに立っていてください。そうすれば必ずバスはやってくる。ここまでの章を指定通りに読んできたのであれば、必ず。


 もし、「指定通り」ということに関して「ちょっと自信がない」という人は、最初からやり直しても良い。そんなことやってられるかという人は、潔く諦めて、これ以降は好きな時に好きな場所でゆっくりと読んでもらって構いません。そうしたところで、物語が損なわれることはないはずだから(たぶん)。


 それなら最初からそう言えよという話しですが、そう簡単な話しでもなくて、それは物語が進むにつれて次第に明らかになることだから、ここでは説明しません。不親切なようだけど、そもそも最初から不親切な本には違いないので、今さらそう言われたところで、ぼくにはもうどうしようもない――』


指定通り、ということに、
ほんの少し不安はあったものの、
それでもあたしは、とりあえず一番近くの
バス停まで行ってみることにした。
と、バスが来た。
いやしかし、
バス停なのだからバスが来るのは当り前。
でもそのバスには行き先が掲げられていなくて、
やはりこれがそのバスなのか、
と、開いたドアからステップをのぼると、
運転手が、「本はお持ちですか」と無表情に訊く。
慌てて肩に提げたバッグから、
分厚い本を取り出すと同時に、
バスは音もなく発車した。


見慣れた景色がいつの間にか
見慣れぬ景色に変わり、
着いたところは、野球場だった。
いや、遊園地だろうか。
とりかこむフェンスの天辺にレールが見える。
ジェットコースター?


二人乗りの銀色に輝く箱が連なっていて、
でもそこにはあたしの他に誰もいない。
覚悟を決めてそれに乗り込むと、
座ったあたしの膝の上に、
係員が楕円形のボールを放り投げた。
驚いて受け止めると、
それは、まくわうりほどの大きさで、
薄茶色の毛がびっしりと生えている。


この手触りは何かに似ている、
と思っている間に箱は動き出し、
見送る係員が無言のまま、
本を開くようなジェスチャーをする。
そうだった、本を読まなければ。


ことこととゆっくり進む箱の中で活字を追うと、
その言葉が、そこに描かれている情景が、
目の前の空間に次々に映し出されていく。
本の中の男や女やロバや獏が(獏が?)、
すぐそこにいる。


乾いた海風や、冷たい水の感触が肌を撫で、
読む、という感覚が少しずつ薄くなっていく。
見る、感じる、という感覚に包みこまれ、
物語の進む速度にあわせて、
レールを滑る箱のスピードは微妙に変わり、
毛の生えたまくわうりは、いつのまにか猫となって、
膝の上で寝息を立てて眠っている。


柔らかな猫の毛を撫でながら、
あたしはひとり、物語の中に、
するすると滑り込んでいく。

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という摩訶不思議な夢を見て、
明け方ふいに目覚めたときには、
ああ、もっと見ていたかった、
と、心底思ってしまったのでした。
肝心の小説の内容をまったく覚えていない、
というのが悔しいけれど、
まあ、夢というのはそういうものだから。
とにもかくにも、
活字中毒にとっては(春樹ファンとしても)、
至福の夢でありました。
そう。これは、あくまで「夢」ですので。
念のため。




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by mimei14 | 2008-10-16 17:40 | ほんとに見た夢