ユメウツツ@MimeiTagawa

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夜中の水たまり


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夜中。
水たまりを見つけた。
もう何日も雨は降っていないはずなのに。
朝、仕事に行くときも、夕方帰ってきたときにもなかったのに、住宅街の細い道の真ん中に、落とし穴のようにぽつんとひとつ。


のぞきこむと、暗い水の底に梅が咲いている。ぽんっと弾けたポップコーンみたいな白い花が、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。
顔をあげると、すぐに見つかった。
傍らのアパートのフェンスから、丈高い梅の木がのぞいている。壁の薄そうな長方形の建物に並ぶ四角い窓は、どれも黒く塗りつぶされていて、そこにもポップコーンみたいな花が白くくり抜いたみたいに映っている。


ふいにヨシオを思い出す。
鉄階段のついたアパートに住んでいた21才のヨシオ。
かんかんかん、と階段をあがっていくと、がちゃっと薄っぺらいドアの把手がまわって、よぉっと、いつも出迎えてくれた。
出迎えてくれなかったのは、一度きりだった。
ふいに訊ねていった夜中。
もう寝ているだろうと思っていたから、出迎えがないのも仕方ない。どうせ鍵もかけていないだろうからと把手をひくと、たしかにヨシオは眠っていた。
ウメコとふたりで。


かさっと微かな音を立てて、枝がゆれる。
目を懲らしてみるが、梅の木には梅の花しか見あたらない。
なんとはなしに視線を落とすと、水たまりの底になにかいる。
鳥だった。
水の中の木の枝に、まあるい目の、あおみどりの小さな鳥。
ミツバチか蝶々みたいにつんつんと梅の花を突いている。
こんな夜中に。


夜行性の鳥なのだろうか。
ただ単に夜更かしなのか。
なんだか眠れなくて、ふらふらと家を出てきただけなのか。


あたしじゃあるまいし。
と、手にぶらさげたコンビニの袋をこそこそ揺らす。


傍らの梅の木をもう一度見あげても、鳥の姿は見あたらない。
水たまりを見おろすと、やはりいる。
つんつんと花をつつくたびに、水面がゆらぐ。
白い花びらが、ふるふると身をよじらせる。


ウメコの肌は、梅の花みたいに、白かった。


あのあと、あたしはどうしたんだっけ。
ヨシオに詰め寄ったんだっけ、ウメコをどついたんだっけ、
大泣きしたんだっけ、それとも何も言わずにドアをしめたんだっけ。


忘れてしまった。


まぁ、いいんだけど。
もう何年も前のことだし。


水たまりの中の枝が大きく揺れて、
なにごとかと覗きこむと、まあるい瞳と目があった。
とんがったくちばしが、ぱかんと開いて、鳥がひとこえ高く鳴く。
うそつき。


う、うそつき?


水たまりに向かって鸚鵡返しにそう言うと、応えるように連呼する。


うそつき、うそつき、うそつき、うそつき。


鳴き終えたら、しんとした。
やれやれすっきりしたとでもいうように、小鳥は大きなあくび(のように見えた)をし、のびのびと羽を広げていく。
と、いきなり水の面がさざなみだち、透き通ったしぶきが飛び散った。


のけぞって驚くあたしの頭をかすめて、鳥が飛び立つ。
ばさばさばさと羽音をたてて、夜気を散らし、
古びたアパートの屋根の向こうへ消えていく。


波紋の丸い輪がゆっくりとおさまって、またぽっちりと白い花が咲いている。
水たまりの中の夜は、さっきより澄んで、くっきりと黒い。


とぶとりあとをにごさず。


呟きながら、冷たい頬に手をあてると、びしょ濡れだった。
泣いているのかあたし、と、焦ったけれど、いや水たまりの飛沫に濡れただけだ、と、気づいて笑う。そうだ。そうにきまってる。


どこかでまた、鳥が鳴く。


うそつき。






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by mimei14 | 2009-03-02 16:51 | 夢写つ(小物語)